ふと、社会人2年目のときの上司のことを思い出しました。

私が社会人になって1年間は仕事ってどういうものか、ということを肌で体験するだけで慌ただしく過ぎて行って、
特段のこだわりもなく、
バイト気分は抜けたかなという程度の、
それなりに自分で生きていけるかなと思い始めた程度の、
そんな1年間だったように思います。

が、2年目にいきなり異動でまた別の上司につくことにないり、今までと全然違うことに慌てふためいた記憶があります。

・一つのワードに対するこだわり
・一つの決め事に対する理解の深さ
・一つの議論に対する追及の深さ
・一つのメールに対するこだわり(宛先の順番から件名の書き方まで)
・資料作りに対するきめ細かさ
・会議に向かう際の準備の多さ(関連資料を大量に持っていく)
・複数にわたる事象への横断的比較検討整理のこだわり

、、、どれにおいても、1年目とは歴然とした違いがありました(1年目の上司がダメみたいに見えますが、そうではなくて、2年目の上司が凄すぎました)。
それまでの1年間、いったい何をやっていたのか、まるでなにも理解していなかった自分に直面し、特に初めの1か月間は毎日叱っていただいて過ごしたのを今でも覚えています。
そして、なぜかよく飲みに行ってました。気が合ったんでしょうね。
二日酔いで来られなかった日も何度かありましたが、それも懐かしく思います。


そしてまた1年したらその上司は異動でいなくなってしまったのですが、今私が得意としてこだわっている(と言ってもかなりぬるい状態で低迷していますが)、
・文章化することの大事さ
・業務メールを作成する際の簡潔さ
・資料を作るならわかりやすく矛盾なく
・横断的事象に対しての比較検討、資料作成(これはまだまだこれから)
などについては、明らかにこの2年目の上司の方からの指導によって影響を受け、また引き継いでいるものかと思います。
(本当はもっともっともっともっと、非常にたくさん数えきれないくらい圧倒的な熱さで伝承を受けていたはずですが、受けきれなかった自分が恨めしくもあります、、、)


物事をやり始めるときに、
誰に教えてもらうか
は非常に重要なファクターかと思います。

ひな鳥が初めて見た動くものを親だと思うように、
子ガモが親ガモについていくかのように、

「三つ子の魂百まで」
ではないけれど、物事の初期の段階で接触する人物の姿勢がそのまま一生引き継がれる可能性すらあるように思います。

思い出は思い出として大事にしつつ、
そのような姿勢だった上司を思い出しながら、日々仕事に精を出したいものです。